サプライチェーン排出量算定の完全ガイド|Scope3対応で企業が取るべき手順と実践ポイント

サプライチェーン全体での温室効果ガス排出を定量的に把握する「排出量算定(Scope3算定)」は、脱炭素経営の出発点である。

企業が自社の直接排出(Scope1・2)だけでなく、調達・物流・販売・廃棄といった間接的な排出まで可視化することで、環境負荷の実態を正確に捉えることができる。

近年はTCFD・SBTi・CDPなど国際的な開示制度でScope3算定が必須化し、取引先や投資家からのデータ開示要請も急速に高まっている。

その結果、排出量算定は「報告義務」ではなく、「経営判断と競争力の指標」へと進化している。

本記事では、サプライチェーン排出量算定の基本概念から実務ステップ、活用できるツール、精度向上の方法、そして業界別の最新事例までを体系的に解説する。

目次

サプライチェーン排出量算定とは何か|Scope3の基礎理解

サプライチェーン排出量算定とは、自社の事業活動に関係するあらゆる取引・物流・使用・廃棄の過程で発生する温室効果ガス(GHG)を定量的に把握する取り組みである。

これは、国際的な排出量算定基準である「GHGプロトコル」におけるScope3に該当し、企業の脱炭素経営を実現する上で欠かせない要素となっている。

Scope1やScope2が自社の直接・間接排出に限定されるのに対し、Scope3はサプライチェーン全体を包括的に捉えることが特徴である。

サプライチェーン排出量=Scope3の全体像

Scope3とは、企業の活動に関連するが、自社が直接的に管理していない範囲で発生する温室効果ガス排出の総称である。

原材料の生産、部品調達、輸送、製品使用、廃棄までを含めた“バリューチェーン全体”を対象にする。

GHGプロトコルでは、Scope3は15カテゴリに分類されており、「購入した製品・サービス」「輸送・配送」「出張」「販売後の製品使用」「廃棄処理」などが含まれる。

多くの企業では、全体のGHG排出量のうち7~9割がScope3に該当するとされており、サプライチェーン全体の排出把握が脱炭素経営の核心をなす。

Scope1・Scope2との違いと算定範囲の考え方

Scope1は自社が燃料を燃焼させるなどして直接排出する温室効果ガス、Scope2は購入した電力や熱の利用に伴う間接排出を指す。
一方Scope3は、自社以外の事業活動で発生する“間接的な排出”を対象とする。

そのため、サプライヤー・物流業者・顧客・廃棄処理業者など、企業の外側にある排出源を含めて算定しなければならない。

算定範囲の設定にあたっては、自社の事業モデルと排出影響の大きいプロセスを優先的に選定することが推奨される。

「どこからどこまでをScope3として扱うか」を明確化することが、正確な排出量管理の第一歩である。

なぜ今、企業にScope3算定が求められているのか

国際的な脱炭素政策の進展とともに、企業の排出開示義務が急速に強化されている。

欧州のCSRD(企業サステナビリティ報告指令)やアメリカSECの気候開示ルールでは、Scope3排出の報告が事実上の義務となりつつある。

日本でもTCFDやSBTiへの対応が進み、上場企業やグローバルサプライヤーを中心にScope3算定が経営課題として位置づけられている。

さらに、取引先や投資家が脱炭素進捗を評価する指標としてScope3データを重視しており、開示の精度が企業の信頼性・資金調達・取引機会に直結している。

Scope3の算定と開示は、単なる環境対応ではなく、「企業価値を可視化する経営指標」としての役割を担っている。

Scope3排出量算定の基本ステップ

Scope3排出量算定の基本ステップ

Scope3排出量の算定は、単なる数値集計ではなく、サプライチェーン全体を定量的に把握し、削減方針を立てるためのプロセスである。

GHGプロトコルに沿って体系的に進めることで、データの整合性と信頼性を確保できる。以下では、算定から管理までの5つの主要ステップを整理する。

ステップ1:活動範囲と対象カテゴリ(15分類)の特定

まず、自社の事業活動を俯瞰し、Scope3に該当する活動範囲を明確にする。

GHGプロトコルではScope3を15のカテゴリに区分しており、「購入した製品・サービス」「輸送・配送」「事業から出る廃棄物」「出張」「販売後の製品使用」など、上流から下流までのプロセスを網羅している。

全てを一度に算定するのではなく、自社の排出量に大きく影響するカテゴリを優先的に選定することが現実的である。

事業規模、取引構造、データ入手性を踏まえ、対象範囲を段階的に拡大していくのが効果的だ。

ステップ2:排出係数と活動量データの収集

次に、各カテゴリで必要となる活動量データ(購入金額、使用量、距離、重量など)を収集する。

可能な限りサプライヤーや物流事業者からの一次データを取得し、入手困難な部分については公的統計や業界平均値を補完的に利用する。

排出係数は、環境省の「サプライチェーン排出量算定ガイドライン」や、GHGプロトコルの排出係数データベース(EmissionFactors)を参照するのが一般的である。

データの精度を担保するため、データソース、取得時期、算出根拠を明示しておくことが重要である。

ステップ3:算定式によるCO₂換算と集計

排出量は、基本的に「活動量×排出係数」で算出される。

例として、輸送カテゴリの場合は「輸送距離×輸送重量×排出係数」、出張カテゴリでは「移動距離×交通手段別排出係数」を用いる。

各カテゴリの結果をCO₂換算値(t-CO₂e)として集計し、企業全体のScope3排出量を算出する。

同時に、カテゴリごとの割合を算出することで、排出構造を可視化できる。これが後の削減戦略立案に直結する。

ステップ4:主要排出源の特定と優先順位付け

集計結果から、排出量が特に多いカテゴリを特定し、重点的に削減を進める対象を明確化する。

たとえば、製造業では原材料調達、流通業では物流・店舗運営、IT業ではデータセンターや端末使用が高い割合を占めるケースが多い。

優先順位付けの際は、「排出量の大きさ」だけでなく、「削減可能性」「ステークホルダーへの影響」「データ精度」の3つの視点を併せて評価することが望ましい。これにより、限られたリソースで最も効果的な削減策を実施できる。

ステップ5:継続的モニタリングと報告体制の構築

算定は一度きりで終わるものではなく、毎年のモニタリングと改善が前提となる。

排出量を定期的に更新し、削減効果を追跡することで、目標達成状況を可視化できる。

CDPやTCFDなどの外部開示フォーマットに対応させることで、投資家・取引先への説明責任を果たせる。

社内では、環境・経理・調達部門が連携したデータ管理体制を構築し、Scope3算定を経営指標として継続的に運用していくことが重要である。

排出量算定に活用できるツール・データベース

サプライチェーン排出量を正確に算定するには、国際的・国内的に整備された算定ガイドラインやデータベースを活用することが不可欠である。

各ツールの特徴と適用範囲を理解し、自社の事業特性やデータ精度に応じて使い分けることで、信頼性の高いScope3算定を実現できる。

環境省「サプライチェーン排出量算定ガイドライン」

日本企業がScope3排出量を算定する際の基本となるのが、環境省と経済産業省が共同で策定した「サプライチェーン排出量算定ガイドライン」である。

GHGプロトコルをベースに、日本国内の事業構造やデータ入手性を考慮した設計が特徴で、各カテゴリごとに算定式や排出係数、データ収集例が整理されている。

特に中小企業や初めて算定に取り組む企業にとって、実務レベルで活用しやすい内容となっており、環境省ウェブサイトから無料で入手できる。

このガイドラインに沿って算定を行うことで、国内外の報告制度(TCFD、CDP、SBTiなど)にも整合的な排出データを作成できる。

GHGプロトコルと算定ツールの活用方法

GHGプロトコル(GreenhouseGasProtocol)は、世界共通の温室効果ガス算定・報告基準であり、Scope1~3を包括的に扱う。

同プロトコルが提供する「CorporateValueChain(Scope3)Standard」は、サプライチェーン排出量算定の国際標準として最も広く利用されている。

英語版ではExcel形式の算定ツールが公開されており、カテゴリ別に活動データを入力するだけで排出量を自動集計できる。

海外のサプライヤーを多く抱える企業は、GHGプロトコル準拠の形式で算定することで、グローバル取引先とのデータ整合を図ることができる。

IDEA・LCAデータベース・EmissionFactorsの使い分け

算定の精度を高めるためには、排出係数の選定が重要である。

代表的な国内データベースとしては、産業環境管理協会(JEMAI)が提供する「IDEA(InventoryDatabaseforEnvironmentalAnalysis)」がある。

IDEAは、国内の製造業・輸送・サービスなど幅広い産業活動におけるLCA(ライフサイクルアセスメント)データを収録しており、国際比較にも対応する。

海外向けには、GHGプロトコルが公表する「EmissionFactors」や、Ecoinvent、DEFRA(英国環境庁)などのデータが活用される。

複数のデータベースを使い分け、事業地域や取引先の国籍に応じて最適な係数を選定することが、グローバル展開企業の算定精度向上につながる。

IoT・クラウドシステムによる自動算定の動向

近年は、IoTやクラウド技術を活用して排出データを自動収集・算定する仕組みが広がっている。

スマートメーターやセンサーからエネルギー使用量をリアルタイムで取得し、クラウド上でCO₂排出量に換算することで、従来の手入力作業を大幅に削減できる。

また、AI分析を用いて排出量の変動要因を特定したり、改善施策を自動提案するソリューションも登場している。

これらのデジタルツールを活用することで、Scope3算定を“年次報告”から“日常管理”へと進化させることが可能になる。

算定の自動化は、精度向上だけでなく、組織全体での脱炭素マネジメントの効率化にも寄与する。

サプライチェーン排出量の精度を高める実践ポイント

サプライチェーン排出量の精度を高める実践ポイント

サプライチェーン排出量の算定では、推計値や統計データを用いた大まかな把握にとどまる企業も多い。

しかし、投資家や取引先への開示要求が高まる中で、より高精度で再現性のあるデータ管理が求められている。

精度向上の鍵は、「データ連携」「実測化」「分析高度化」「第三者検証」という4つの段階的な取り組みにある。

取引先とのデータ連携と一次情報の取得

最も信頼性の高い排出データは、取引先が実際に把握している一次情報である。

購買金額ベースの推計だけでは精度に限界があり、主要サプライヤーからのエネルギー使用量や燃料消費量などの実データを取得することで、Scope3算定の信頼性は大幅に向上する。

そのためには、調達先との協働体制の構築が欠かせない。

企業間で共通のデータフォーマット(例:GHGプロトコル準拠の報告テンプレート)を導入し、定期的にデータ共有を行う仕組みを整えることが効果的である。

特にグループ企業や大口取引先とは、削減目標を共有し、データ提供と改善行動を一体的に進めることが望ましい。

推計データから実測データへの切り替え方法

初期段階では、業界平均値や統計値を活用した推計算定でも構わないが、算定の成熟度が上がるにつれて、実測データへの移行が求められる。

切り替えの際は、まず排出量の大きいカテゴリ(例:原材料調達、物流)から優先的に実測化を進めると効果的である。

サプライヤーにエネルギー使用量の報告を依頼するほか、電力・燃料・原材料の使用履歴を自動的に集計する仕組みを構築することで、手作業による誤差を削減できる。

推計データと実測データを併用する「ハイブリッド算定」を導入し、データ精度の段階的な向上を図るのが現実的な進め方である。

ライフサイクルアセスメント(LCA)の導入

排出量をより科学的に把握するためには、製品やサービス全体を通じた環境負荷を分析するLCA(LifeCycleAssessment)の導入が有効である。

LCAは、原材料調達から生産、輸送、使用、廃棄までの全プロセスを定量評価する手法であり、Scope3算定の高度化に直結する。

これにより、特定の製品・工程が全体排出量に与える影響を明確化でき、削減策の優先順位を科学的に判断できる。

また、LCA結果は製品の環境認証(例:エコリーフ、カーボンフットプリント)にも活用でき、顧客への説明責任を果たす根拠となる。

第三者検証(Assurance)による信頼性向上

Scope3排出量データは、社内算定だけでは評価の客観性に欠ける場合がある。

そのため、算定方法やデータの妥当性を第三者機関に検証(Assurance)してもらうことが推奨される。

外部監査を受けることで、報告内容の透明性と信頼性が高まり、CDPやSBTiなどの国際的な開示・認定制度にも対応しやすくなる。

また、第三者検証は社内データ管理体制の改善にもつながり、継続的な品質向上を促す。

精度の高いデータと公的な検証を両立することで、サプライチェーン排出量の開示は企業価値の証明手段となる。

排出量算定の活用先と企業経営へのインパクト

サプライチェーン排出量の算定は、単なる環境報告ではなく、経営全体を強化する戦略的なデータ基盤である。

算定結果は、ESG開示・投資評価・調達方針・経営KPIなど多方面で活用でき、企業の脱炭素経営を定量的に支える。

正確な算定と継続的なデータ更新は、経営判断の質を高めると同時に、企業の社会的信用を確立する。

TCFD・CDP・SBTiなど開示・認証との連動

Scope3を含む排出量データは、国際的な開示・認証制度への対応に不可欠である。

TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)は、企業が気候変動リスクを財務情報として開示する枠組みであり、Scope1〜3の排出量が報告の中心となる。

CDP(CarbonDisclosureProject)では、算定精度と削減進捗がスコアに直結し、投資家の評価指標として利用されている。

SBTi(ScienceBasedTargetsinitiative)認定では、Scope3削減目標を科学的根拠に基づいて設定する必要がある。

これらの制度に整合した算定・開示を行うことで、企業は国際基準に沿った信頼性の高い脱炭素経営を実現できる。

サプライヤー選定・調達方針への反映

多くの企業が、取引先選定に環境要件を組み込み始めている。

排出量データの提供が取引条件となるケースも増え、Scope3算定結果は調達リスクと直結する。

自社の調達方針に「カーボンマネジメント」を導入し、サプライヤーの排出削減努力を評価軸に加えることで、サプライチェーン全体の低炭素化を促進できる。

この動きは、単なる報告義務ではなく、「持続可能な取引関係」を築くための新しい基準となっている。

脱炭素経営・ESG投資評価への影響

Scope3排出量の管理は、ESG投資の評価項目に直接影響する。

投資家は、企業がどの程度サプライチェーン全体で排出を把握し、削減計画を実行しているかを重視している。

算定精度が高く、目標と実績が定量的に示されている企業は、ESG格付けで高い評価を得やすい。

これは、資本コストの低減やサステナブルボンド発行など、資金調達面でも優位に働く。

排出量データを「非財務情報」から「財務インパクトを持つ情報」へ転換することが、企業価値の新たな評価軸となっている。

排出量データを活用した削減戦略とKPI設定

算定結果は、削減戦略の立案やKPI設定に活用できる。

カテゴリ別の排出量を可視化し、「どのプロセスで、どの程度削減可能か」を定量的に把握することで、実効性の高い対策を優先的に実施できる。

また、年度ごとの進捗を追跡し、削減率・削減コスト・ROIなどのKPIを設定することで、脱炭素経営を経営指標として管理できる。

データを“測る”だけでなく、“経営に使う”段階へ進むことが、Scope3対応の成熟度を高めるポイントである。

業界別に見るサプライチェーン排出量算定の事例

各業界によって排出構造や算定の焦点は異なる。

製造業では原材料段階、小売・流通業では物流や廃棄、IT業界ではデータセンターや機器利用、建設業では資材や施工過程が主要な排出源となる。

業種特性に応じた算定アプローチを取ることで、効果的かつ現実的なScope3管理が可能になる。

製造業|部品・原材料段階のScope3算定と可視化

製造業では、原材料の製造段階が最も大きなScope3排出源となる。

主要サプライヤーから一次データを取得し、部品単位で排出係数を設定することで、製品ごとのカーボンフットプリントを可視化できる。

これにより、調達戦略や生産工程の見直しによる削減余地を定量的に把握できる。

小売・流通業|物流・販売・廃棄までのLCA管理

小売・流通業では、商品の輸送、店舗運営、販売後の使用・廃棄に関わる排出が大部分を占める。

LCA手法を用いて、商品ライフサイクル全体を通じた環境負荷を算出し、輸送効率化・包装削減・リサイクル施策などの改善を進める。

Scope3算定結果を「グリーン物流」や「リサイクル率改善」といったKPIと連動させることで、企業全体の脱炭素戦略を明確化できる。

IT・通信業|データセンター電力・機器ライフサイクル分析

IT業界では、データセンターの電力使用量と通信機器の製造・廃棄過程が主要な排出源である。

再生可能エネルギーへの転換やサーバー効率化によるScope2削減に加え、Scope3ではハードウェアのLCA分析を行い、調達段階から廃棄までの排出を可視化する。

クラウドサービス提供企業では、顧客利用段階(ユーザーの電力消費)までをScope3算定に含めるケースも増えている。

建設業|資材製造・現場施工・解体までのトータル算定

建設業では、資材製造や現場でのエネルギー使用、さらに建物の解体・廃棄までを含めたトータル算定が必要となる。

特に鉄鋼・セメントなど資材由来の排出が大きいため、低炭素素材の採用やリサイクル材の利用がScope3削減の要となる。

また、施工現場の電力を再エネ化することで、現場レベルでの排出削減も実現できる。

まとめ|サプライチェーン排出量算定は脱炭素経営の基盤である

サプライチェーン排出量算定は、脱炭素経営の起点であり、企業価値を測る新たな指標である。

Scope3を含めた排出量を定量化し、可視化・削減・開示の一連プロセスを確立することで、企業はグローバル基準のサステナビリティ経営を実現できる。

排出量算定は「義務対応」ではなく、「経営の高度化」である。
自社と取引先が一体となり、科学的根拠に基づく排出管理を進めることが、持続可能な事業成長と市場競争力の両立につながる。

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