「Scope3の算定を始めたいが、何から手をつければいいかわからない」「高価な専用ツールを導入しなくても算定できるのか」。こうした疑問を持つ担当者は多いはずです。
結論から言えば、Scope3の初回算定はExcelで始めることが可能です。環境省は「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム(GVC)」を通じて、Scope1〜3の排出量を算定できるExcelツールと排出原単位データベースを無料で公開しています。
本記事では、これらの無料リソースのダウンロード方法から、Excelへの入力手順、カテゴリ別のデータ収集のコツ、実務でよくつまずくポイントとその対処法まで、算定担当者が実際に使える情報を一気に解説します。
Scope3算定にExcelを使うメリットと限界
Excelで始めることの3つのメリット
Scope3算定の入口としてExcelを選ぶことには、明確なメリットがあります。
- コストゼロで始められる:環境省が提供するツールはすべて無料です。専用SaaSツールの導入費用(月数万〜数十万円)が不要で、初回算定のハードルを大幅に下げられます。
- 仕組みが手に取るようにわかる:Excelで手を動かすことで「活動量×排出原単位」という算定の基本式を体感的に理解でき、後にツール移行した際の活用精度が上がります。
- 社内説明がしやすい:数式や根拠が見えるExcelは、算定プロセスを上司や監査人に説明する際の透明性が高く、初年度の内部承認を得やすいという利点があります。
Excelの限界:こうなったら専用ツールの移行を検討
一方で、Excelには明確な限界もあります。拠点数や算定カテゴリが増えると管理が複雑になり、入力ミスや版管理の問題が生じやすくなります。また、サプライヤーからの一次データ収集が本格化する段階では、データの収集・一元管理にExcelは向きません。
この記事の後半で、Excelから専用ツールへ移行を検討すべき具体的なタイミングをまとめています。まずは「第一歩」としてのExcel活用にフォーカスして進めましょう。
準備するもの|算定を始める前に揃えるべきリソース

算定を開始するには、環境省グリーン・バリューチェーンプラットフォーム(以下GVC、URL:https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/)から以下の4つのファイルをダウンロードしてください。いずれも無料で入手できます。
| リソース | 内容・用途 | 入手先 |
|---|---|---|
| 算定ツール(Excel) | Scope1〜3の排出量を入力・集計できるExcelファイル。基本ガイドラインの全算定方法に対応 | 環境省グリーン・バリューチェーンプラットフォーム(GVC)より無料DL |
| 排出原単位データベース(SC-DB) | カテゴリ別の排出原単位(係数)を収録したExcelファイル。支出金額ベース・物量ベースの原単位を収録 | 同GVCより無料DL(最新版を必ず使用) |
| 基本ガイドライン(PDF) | 算定方法・カテゴリ定義・算定式の公式解説書。算定ツールと合わせて参照する | 同GVCより無料DL |
| 業種別算定事例集(Excel) | 10業種の算定事例と、うち1業種の詳細算定例を収録。自社に近い業種を参考にできる | 同GVCより無料DL |
出典:環境省グリーン・バリューチェーンプラットフォーム「実務者向けガイド」ページ
排出原単位データベース(SC-DB)は定期的に更新されます。過去にダウンロードしたファイルをそのまま使い続けると係数が古くなるため、算定開始前に必ず最新版を確認してください。
Excelツールの全体構成を把握する
収録シートの種類と役割
環境省の算定ツール(Excelファイル)を開くと、複数のシートが含まれています。最初に全体構成を把握することで、どのシートに何を入力すればよいかが明確になります。
| シート名 | 主な内容 | 利用場面 |
|---|---|---|
| 表紙・入力ガイド | ツール全体の使い方説明と注意事項 | 最初に必ず一読する |
| Scope1・2算定シート | 燃料・電力の使用量を入力し、排出量を自動算定 | Scope1・2の算定時 |
| Scope3算定シート(カテゴリ別) | カテゴリ1〜15ごとに活動量と排出原単位を入力する欄。カテゴリ別に算定し合計を算出 | Scope3算定のメイン作業 |
| 結果サマリーシート | Scope1・2・3の算定結果を自動集計して表示 | 算定完了後の結果確認・報告書作成時 |
| 排出原単位参照シート | 主要な原単位を一部収録(SC-DBと併用) | 原単位の確認時 |
「算定ツール」と「業種別算定事例集」の使い分け
GVCでは算定ツール本体に加え、「業種別算定事例集」も別途公開されています。10業種の算定事例が収録されており、うち1業種については算定ツールを使った詳細な実践例が示されています。
自社に近い業種の事例を先に確認することで、どのカテゴリに排出量が集中しやすいか、どのような活動量データが必要かをイメージしやすくなります。算定ツールへの入力作業を始める前に、業種別事例集を一読することをおすすめします。
ポイント 業種別算定事例集に記載されている排出原単位はリリース当時(2016年)のものです。実際の算定では、必ず最新のSC-DBの原単位に差し替えて使用してください。
算定の5ステップ|Excelを使った実践的な進め方
Scope3算定は、以下の5ステップで進めます。一度に全カテゴリを完璧に仕上げようとする必要はありません。まず概算レベルで全体像を把握し、毎年精度を上げていくことが環境省ガイドラインでも推奨されています。
STEP1:算定目的と対象範囲(バウンダリ)の設定
最初に「何のためにScope3を算定するか」を明確にします。目的によって求められる精度と優先カテゴリが変わるためです。
- 全体像の把握(初回算定):精度は二次データ中心で構わない。まず概算値を得ることを優先する
- CDP・SSBJ等の外部開示:精度と根拠の説明が求められるため、一次データの収集範囲を拡大していく
- SBTi認定の申請:Scope3が全体の40%を超える場合は削減目標の設定が必要。算定精度も重要
算定対象範囲(バウンダリ)は原則として自社グループ全体(出資比率50%超の子会社を含む)です。個社単位の算定・報告制度(温対法)とはバウンダリの考え方が異なるため注意が必要です。
STEP2:自社に関連するカテゴリの特定(スクリーニング)
15カテゴリすべてを同時に精緻算定するのは現実的ではありません。まず「スクリーニング」として各カテゴリの排出量を概算し、自社にとっての重要カテゴリを絞り込みます。
スクリーニングの手軽な方法として、カテゴリ1については購買データの支出金額にSC-DBの産業連関表ベース原単位を掛け合わせる「支出ベース法」が広く使われています。他のカテゴリも同様に概算し、排出量上位3〜5カテゴリを優先算定対象として特定します。
目安 多くの企業でカテゴリ1(購入した製品・サービス)、カテゴリ4(輸送・配送)、カテゴリ11(販売した製品の使用)のいずれかが排出量上位に入ります。業種次第でカテゴリ6・7・15も重要になります。
STEP3:カテゴリ別の活動量データを収集する
スクリーニングで特定した重要カテゴリについて、算定に必要な「活動量データ」を収集します。活動量とは排出量算定の基となる数値(購入金額・輸送距離・廃棄物量・出張距離など)です。
カテゴリ別のデータ収集のポイントは次のセクションで詳しく解説します。
STEP4:排出原単位データベース(SC-DB)から係数を引く
収集した活動量に掛け合わせる排出原単位をSC-DBから探します。SC-DBはExcelファイルで、カテゴリ別に複数のシートに分かれており、品目・活動の種類ごとに原単位が収録されています。
基本ガイドラインの各カテゴリ解説ページには「このカテゴリにはSC-DBのどの原単位を使う」という対応表が示されています。SC-DBを開く前に基本ガイドラインで対応する原単位の種類を確認しておくと、検索が格段にスムーズになります。
STEP5:Excelに入力して排出量を算定・集計する
算定ツールのScope3シートに、STEP3で収集した活動量とSTEP4で特定した排出原単位を入力します。シートには「排出量=活動量×排出原単位」の計算式があらかじめ組み込まれており、入力すると自動で排出量が計算されます。
全カテゴリの入力が完了したら、結果サマリーシートでScope1・2・3の合計サプライチェーン排出量を確認します。算定対象外としたカテゴリには、その理由をメモ欄に記載しておくと、翌年以降の報告や外部開示の際に根拠として活用できます。
カテゴリ別・データ収集のポイント【実務担当者向け】

実務で特につまずきやすい主要カテゴリについて、必要なデータと収集方法を整理します。
| カテゴリ | 必要な活動量データ | 主なデータ収集先 | 原単位の種類 |
|---|---|---|---|
| カテゴリ1購入した製品・サービス | 品目別の購入金額または購入重量・数量 | 購買システム・経理データ(支出金額) | SC-DB:産業連関表ベース原単位 |
| カテゴリ4輸送・配送(上流) | 輸送距離(km)×重量(t)=トンキロ、または輸送費用 | 物流会社からの輸送実績データ・請求書 | SC-DB:輸送モード別原単位 |
| カテゴリ5事業から出る廃棄物 | 廃棄物種別ごとの重量(t)と処理方法 | 廃棄物処理業者のマニフェスト・請求書 | SC-DB:廃棄物処理方法別原単位 |
| カテゴリ6出張 | 交通手段別の移動距離(km)または支出金額 | 交通費精算システム・経費データ | SC-DB:交通機関別原単位 |
| カテゴリ7雇用者の通勤 | 通勤交通手段・片道距離・出勤日数(従業員別) | 従業員アンケート・交通費支給データ | SC-DB:交通機関別原単位 |
| カテゴリ11販売した製品の使用 | 販売台数・製品消費電力(W)・使用時間(年)・製品寿命(年) | 製品仕様書・販売実績データ | 電力排出係数(国別・地域別) |
カテゴリ1(購入した製品・サービス)のポイント
多くの企業でScope3排出量の最大項目となるカテゴリです。初回算定では、経理・購買システムから「品目別の年間支出金額」を取得し、SC-DBの「産業連関表ベース原単位」に掛け合わせる支出ベース法で概算します。
品目分類はSC-DBのシートに記載されている産業分類(製造業・農林水産業・サービス業など)に対応付けます。購買データを品目別に集計するのが難しい場合は、まず全購買額に対して業種平均の原単位を掛けて総額から概算する方法でも構いません。
カテゴリ6(出張)・カテゴリ7(通勤)のポイント
カテゴリ6は交通費精算システムのデータが活動量の主な源泉です。航空・新幹線・在来線・バス・タクシーなどの交通手段別に支出金額や移動距離を集計します。交通手段の内訳が不明な場合は、全体の支出金額にSC-DBの平均的な原単位を適用する方法も認められています。
カテゴリ7の通勤については、従業員アンケートが最も確実な収集手段です。アンケート項目は「通勤交通手段」「片道の通勤距離または所要時間」「週あたりの出勤日数」の3点を基本とし、回答結果を集計して活動量(人・km)を算出します。在宅勤務が定着している場合は出勤日数を正確に反映することが重要です。
カテゴリ11(販売した製品の使用)のポイント
電化製品・自動車・家電などを販売するBtoC製造業では、このカテゴリが最大の排出源になるケースが多いです。算定には製品の消費電力(W)、年間使用時間(h/年)、製品寿命(年)、報告年度の販売台数が必要です。
排出量の計算式は「販売台数×消費電力(kW)×年間使用時間×製品寿命×電力排出係数(t-CO₂/kWh)」が基本です。消費電力は製品仕様書から、電力排出係数は販売先の国・地域別の係数(IEAや各国統計)を使用します。
よくあるつまずきポイントと対処法
実務でScope3算定に取り組んだ担当者が特につまずきやすいポイントを5つ整理しました。
| よくあるつまずき | 原因 | 対処法 |
|---|---|---|
| どのカテゴリから手をつければいいかわからない | 15カテゴリすべてを同時に進めようとしている | まず支出金額ベースでスクリーニングし、排出量の大きい上位3カテゴリに絞って着手する |
| SC-DBのどの行の原単位を使えばいいかわからない | 品目と原単位の対応関係が不明確 | 基本ガイドラインの各カテゴリ解説ページにある「算定方法」の表を確認し、品目・活動に対応する行を特定する |
| 取引先からデータをもらえない | サプライヤーへの依頼方法・依頼項目が不明確 | まずSC-DBの二次データで概算算定を実施。並行してサプライヤーへ依頼書面を送付し、回答が得られた部分から一次データへ切り替える |
| グループ会社の排出をどこに含めるか迷う | 算定バウンダリ(範囲)の設定ルールの理解不足 | 出資比率50%超の子会社は原則算定対象に含める(財務支配力基準)。グループ内取引はScope3ではなくScope1・2に計上するケースもあるため基本ガイドラインを参照 |
| 算定結果が想定と大きくかけ離れている | 原単位の選択ミスまたは活動量の単位換算ミス | ①使用した原単位の単位(円/kg/トンキロなど)と活動量の単位が一致しているか確認 ②業種別算定事例集の同業種の数値と桁を比較する |
特に「どのカテゴリから始めるか」と「SC-DBの原単位の選び方」は、多くの初回担当者がつまずく箇所です。基本ガイドラインをカテゴリ解説のページから読み始め、算定事例集で同業種の事例を確認することで、大半の疑問は解消できます。
Excelから専用ツールへの移行を検討すべきタイミング
ExcelによるScope3算定は初回算定の入口として有効ですが、事業規模や開示要件の拡大に伴い、専用ツールへの移行が必要になる段階があります。
| 状況 | Excel継続の判断 | ツール移行を検討 |
|---|---|---|
| 算定カテゴリ数 | 5カテゴリ以下 | 8カテゴリ以上、かつ毎年更新が必要 |
| 拠点・事業所数 | 単一拠点または数拠点 | 10拠点以上、または海外拠点を含む |
| サプライヤーデータ収集 | 二次データ中心 | 一次データ収集が20社以上に及ぶ場合 |
| 外部開示の精度要件 | 社内把握・概算レベル | CDP・SSBJ・有価証券報告書への開示が必要 |
| 担当者の工数 | 年1〜2回の更新で対応可能 | 毎月データ更新が必要、または専任担当者がいない |
専用ツールへの移行を検討する際は、対応カテゴリ数・サプライヤーデータの収集機能・CDP等の外部フォーマットへの自動出力機能・費用対効果の4点を比較軸にすることをおすすめします。国内外に複数のSaaSツールが提供されており、機能と価格帯は大きく異なります。
まとめ|まずは環境省ツールで第一歩を踏み出そう
Scope3算定は、環境省が無料提供するExcelツールと排出原単位データベースを使えば、コストをかけずに始めることができます。本記事のポイントを改めて整理します。
- 環境省GVCから算定ツール・SC-DB・基本ガイドライン・業種別算定事例集の4点を無料でダウンロードして準備する
- 算定は5ステップ(目的設定→スクリーニング→データ収集→原単位選択→Excelへの入力)で進める
- 初回はすべてのカテゴリを完璧に仕上げようとせず、排出量の大きい上位3〜5カテゴリへの重点算定から始める
- SC-DBの原単位選択と活動量の単位確認が算定精度のカギ。基本ガイドラインと必ず照合する
- 算定規模が拡大し、外部開示精度や一次データ収集が本格化した段階で専用ツールへの移行を検討する
Scope3算定の精度は毎年少しずつ向上させていけば十分です。完璧を目指すよりも、まず第一回の算定を完了させることに意義があります。環境省ツールを手元に置きながら、ぜひ今年度の算定に着手してみてください。
