温室効果ガスプロトコルとは何か|企業が必ず理解すべき算定基準と実務ポイントを徹底解説

温室効果ガスプロトコル(GHGプロトコル)は、いまや世界中の企業が採用する温室効果ガス排出量算定の最重要基準となっている。

自社の排出量だけでなく、サプライチェーン全体に広がるScope3までを対象にした枠組みは、脱炭素経営を進めるうえで欠かせない視点を提供する。

実際、製造業・小売・物流・金融など、多くの業界がこの基準を用いて排出量を可視化し、事業戦略に組み込んでいる。

本章では、国内外の企業がどのようにGHGプロトコルを活用し、どのように経営へ落とし込んでいるのか、その具体的な活用事例を紹介する。

企業が脱炭素を競争力に変えるための実践的なヒントを得られるだろう。

目次

温室効果ガスプロトコル(GHGプロトコル)とは

温室効果ガスプロトコル(GHGプロトコル)は、企業や自治体が温室効果ガス排出量を算定・報告・管理するための国際基準として世界中で利用されている。

ISO規格や各国の法制度よりも先行して体系化され、現在ではほぼすべてのグローバル企業が採用する「排出量算定の共通言語」として機能している。

特にサプライチェーン排出量(Scope1・2・3)を包括的に整理した点が特徴であり、ESG投資・TCFD開示・SBT認証など、多くの国際フレームワークの基盤にもなっている。

世界で最も採用される排出量算定の国際基準

GHGプロトコルが世界標準となった最大の理由は、算定方法が明確かつ再現性が高いことにある。

活動量に排出係数を掛け合わせるという基本式が統一されており、国境や業界を問わず同じ基準で比較できる。

また、各国政府・国際機関・金融機関に採用されているため、グローバル展開する企業にとっては事実上の必須ルールとなった。

現在はTCFD、CDP、SBTiなどの環境関連評価もGHGプロトコルを前提としており、企業が排出量を開示する場合、最も信頼性の高い算定枠組みとして位置づけられている。

WRI・WBCSDが策定した背景と目的

GHGプロトコルは、環境系シンクタンクであるWRI(世界資源研究所)と、多国籍企業の連合体WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)が共同で策定した。

背景には、1990年代以降の気候変動対策の加速により、企業の排出量算定方法がバラバラで比較が困難だったという課題があった。

活動量の定義、排出係数の採用方法、算定範囲の線引きなどを統一し、誰が算定しても同じ結果になる基準作りが急務となった。

そのためGHGプロトコルは「国際的に比較可能で、透明性が高い排出量算定」を目的に作られ、現在の標準へと発展していった。

企業に求められる統一基準として普及した理由

GHGプロトコルが世界中の企業に急速に普及した背景には、温室効果ガス排出量を「共通のものさし」で測る必要性が高まったことがある。

従来は業種や国ごとに算定方法が異なり、排出量データを比較できず、取引先や投資家が企業努力を正しく評価できないという問題があった。

この課題を解消するために、GHGプロトコルは排出源の分類、算定式、Boundary設定などを標準化し、誰が算定しても同じ結果になる枠組みを確立した。

その結果、企業間・国際間のデータ比較が容易になり、投資家や金融機関によるESG評価に直接活用できる信頼性の高い基準となった。

また、CDP、TCFD、SBT認証、RE100など主要な国際イニシアチブの多くがGHGプロトコルを前提にしているため、対応しなければ外部開示や認証取得で不利になる。

加えて、大手企業がサプライチェーン排出量を把握するために取引先にも算定を求め始めたことで、グローバルサプライチェーン全体へ一気に浸透した。

こうした背景から、GHGプロトコルは「環境報告のための基準」から「企業経営に不可欠な国際標準」へと位置づけが変化し、現在の広範な普及につながっている。

GHGプロトコルが定めるScope1・Scope2・Scope3

GHGプロトコルが定めるScope1・Scope2・Scope3

GHGプロトコルでは、企業活動による温室効果ガス排出を「Scope1・Scope2・Scope3」の3つに分類して整理する。

この3区分は世界共通の考え方として採用されており、企業が排出量を正確に把握し、ステークホルダーに説明するための基盤となる。

特にScope3はサプライチェーン全体に広がるため、算定の難易度が高く、企業の脱炭素戦略において最も重要な領域とされている。

Scope1(直接排出)の定義

Scope1は、企業が自らの事業活動の中で直接排出する温室効果ガスを指す。

燃料を燃焼させた際のCO₂排出、工場や設備でのプロセス排出、社用車の燃料燃焼などがこれに該当する。

企業が直接管理できる排出源であるため、削減の取り組みが比較的進めやすい領域であり、再エネ導入や高効率設備への更新が主要な施策となる。

Scope2(エネルギー起因の間接排出)

Scope2は、企業が利用する電力・熱・蒸気などのエネルギーの使用に伴う間接排出を指す。

企業自体がCO₂を直接排出していなくても、電力を作る発電所で排出された温室効果ガスを、自社の排出として計上するという考え方である。

再エネ電力の調達や、節電・高効率設備への更新が主要な削減手段となり、近年はRE100や非化石証書の活用など、Scope2対策は企業価値の評価にも影響する領域になっている。

Scope3(サプライチェーン全体の排出)

Scope3は、企業の事業活動に関連するサプライチェーン全体の温室効果ガス排出を指す領域であり、15カテゴリに分類されている。

原材料の調達、物流、販売、製品使用、廃棄、従業員の通勤、投資に伴う排出など、自社以外の事業者が排出する温室効果ガスまで含まれる。

多くの企業では、Scope3の排出量がScope1・2の数倍〜数十倍に達することもあり、脱炭素戦略の中心となる領域である。

Scope3が最も複雑になる理由

Scope3が複雑で算定が難しい理由は、排出の発生場所が自社の管理範囲を大きく超えるためである。

サプライチェーン上には多数の企業が関わり、データ形式も排出係数も統一されていないケースが多く、正確な算定に必要な情報を揃えること自体が難しい。

さらに、同じカテゴリでも製品やサービスごとに活動量が異なり、推計手法の選択によって結果が変わりやすい。

そのため、Scope3算定ではデータ収集・排出係数の選択・活動量の整理など、専門的な判断が求められ、企業の脱炭素実務の中でも最も工数がかかる領域となっている。

GHGプロトコルの算定方法と計算の基本

GHGプロトコルでは、温室効果ガス排出量をシンプルかつ再現性の高い方法で算出できるよう、明確な計算ルールを提示している。

その中心にあるのが「活動量×排出係数」という基本式であり、電力・燃料・物流などあらゆる領域に共通する。

ただし、正確に算定するためには、事業の境界(Boundary)設定、データ取得の精度、排出係数の選定など、複数のポイントを押さえる必要がある。

ここでは、算定の基本となる式と代表例、そして最も重要となるBoundary設定の考え方について解説する。

活動量×排出係数の基本式

GHG排出量の算定は、すべて以下の式に基づきます。

活動量(ActivityData)に、排出係数(EmissionFactor)を掛け合わせることで排出量が得られる。

活動量とは、電力使用量、燃料消費量、輸送距離、廃棄物量など、企業が実際に利用・発生させた量を指す。

排出係数は、その活動量が温室効果ガスをどれだけ排出するかを示す係数で、地域・年度・エネルギー種別によって異なる。

この基本式が共通化されていることで、企業間・国際間でデータの比較が可能になり、GHGプロトコルが「世界共通の算定基準」として信頼される理由となっている。

電力・燃料・物流での代表的な算出例

電力、燃料、物流の算定は企業で最もよく使用される代表領域であり、算定方法も典型的なパターンが確立されている。

電力使用量の場合
企業が使った電力量(kWh)に、電力会社が公表する排出係数を掛け合わせる。排出係数は年度ごとに変動し、地域や電源構成の違いによっても異なる。

燃料使用の場合
ガソリンや軽油などの燃料量(Lまたはkg)に、燃料ごとの標準排出係数を掛ける。走行距離から燃料消費量を推計する方法も使われる。

物流(輸送)の場合
輸送した重量×輸送距離(t-km)に、輸送手段(トラック、船舶、航空)の排出係数を掛けて算出する。実際の契約輸送データがない場合は、代表値や推計値を用いる。

これらの算定例は、企業の環境報告書・サステナビリティ開示の基礎データとして利用されるため、算定プロセスの透明性が非常に重要となる。

算定範囲・境界(Boundary)の設定方法

正確なGHG算定のためには、事業の境界(Boundary)を適切に設定することが不可欠である。

Boundaryが曖昧だと、排出量の過小計上・二重計上・比較不能などの問題が生じるため、GHGプロトコルは明確なルールを定めている。

Boundary設定には、主に二つの考え方がある。一つは、企業の財務支配や事業支配の範囲を基準にする「組織的境界(OrganizationalBoundary)」。

もう一つは、Scopeごとに排出源を紐づける「事業活動境界(OperationalBoundary)」。

組織的境界では、子会社・関連会社・持分法適用会社をどこまで含めるかを判断する。

事業活動境界では、Scope1・2・3の分類に従い、企業が管理する排出源を体系的に整理する。

Boundaryを適切に設定することで、算定データの一貫性や比較可能性が確保され、外部開示においても信頼性の高い排出量として評価される。

そのため、多くの企業は算定前にBoundary設定の方針を明文化し、毎年同じ基準で算定を行うことで透明性を担保している。

企業が温室効果ガスプロトコルに対応すべき理由

企業が温室効果ガスプロトコルに対応すべき理由

温室効果ガスプロトコル(GHGプロトコル)への対応は、もはや環境部門だけの取り組みではなく、企業経営そのものに直結するテーマとなっている。

グローバル市場では、環境情報の開示が金融機関・投資家・取引先から強く求められ、対応の遅れが企業評価や取引条件に直結する状況が進んでいる

特にESG投資、TCFD開示、SBT認証、欧州CBAMなどの制度や評価基準は、すべてGHGプロトコルを前提として組み立てられているため、企業は国際的な競争力維持のために必ず理解しておく必要がある

ESG評価・TCFD・CDPの開示で必須化

ESG投資が拡大する中、企業には気候関連情報の開示が求められ、その際の算定基準としてGHGプロトコルが事実上の必須基準になっている。

TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)では、企業の温室効果ガス排出量開示が主要項目とされ、Scope1・2・3の算定を求めるケースが急増している。

CDP(CarbonDisclosureProject)でも、GHGプロトコルに基づいた排出量の算定・報告がスコアリングに直結し、金融機関や取引先がCDPスコアを評価指標として利用している。

このため、正確な排出量算定ができない企業は、投資家評価で不利になり、企業価値にも影響が及ぶ可能性が高まっている。

取引先・サプライチェーンからの要請強化

近年、多くの大企業が自社の脱炭素目標を達成するために、サプライチェーン全体の排出削減を求める動きを強めている。

大手メーカー、小売、物流、IT企業などが取引先にScope3排出量の提出を求める事例が急増しており、対応できない企業は取引継続に影響する可能性もある。

特に製造業では、原材料調達段階のCO₂削減が競争力を左右し、環境配慮型の部材・エネルギー調達が取引条件に組み込まれているケースも増えている。

このように、GHGプロトコル対応は「環境のための取り組み」ではなく、取引上の必須要件として認識されつつある。

欧州CBAMやSBT認証による国際競争力の確保

欧州ではCBAM(炭素国境調整メカニズム)が導入され、輸入品にも排出量開示と炭素コストが課される仕組みが始まっている。

欧州向けの輸出企業は、GHGプロトコルに基づく正確な排出量データを提出できなければ、追加コストを負担する可能性が高まり、競争力が低下する。

また、SBT(ScienceBasedTargets)認証では、科学的根拠に基づいた排出削減目標の設定が求められ、その算定基準にもGHGプロトコルが採用されている。

SBT認証は投資家・顧客からの信頼指標として世界的に浸透しており、認証を取得する企業は増加傾向にある。

これらの制度・評価基準に対応することで、企業は国際市場での信頼性を高め、脱炭素時代の競争力を維持することが可能になる。

国内外の企業事例に見るGHGプロトコル活用

GHGプロトコルは単なる算定ルールではなく、企業の経営判断や投資戦略にも影響を与える枠組みとして浸透している。

ここでは、各業界での典型的な活用事例を取り上げ、排出量可視化と経営への統合がどのように行われているかを解説する。

製造業の排出量可視化と削減計画

製造業では、原材料調達から製品製造、物流、廃棄まで、多段階でCO₂が発生する。

GHGプロトコルに基づいて排出源を整理することで、どの工程で排出が多いのかが可視化され、削減の優先順位が明確になる。

たとえば自動車・半導体・化学メーカーでは、Scope1・2に加えて原材料調達段階の排出(Scope3カテゴリ1)が圧倒的に大きいことが判明し、サプライヤーと協働した削減施策を推進する流れが加速している。

また、工場エネルギーの再エネ化、高効率設備の導入、工程革新など、Scope1・2の削減策も科学的根拠に基づいて計画的に進められ、SBT認証取得の基盤にもなっている。

このように、製造業ではGHGプロトコルを用いることで、工程全体の最適化と長期的な脱炭素戦略の両立が実現しつつある。

小売・物流企業のScope3対応

小売業・物流業にとって、Scope3は事業の中核に関わる領域であり、排出量の大部分を占めることが多い。

小売企業では、販売する商品のライフサイクル全体(製造・輸送・使用・廃棄)が排出源となり、その多くは自社の外に存在する。

GHGプロトコルを活用することで、商品カテゴリー別の排出量を可視化し、環境配慮型商品の開発やサプライヤー評価に反映する取り組みが進んでいる。

物流企業でも、輸送距離・輸送方法・積載効率などの詳細データを算定に取り込むことで、GHG排出量の改善余地が明確になる。

電動車両の導入、モーダルシフト、積載効率の改善など、算定結果に基づく削減施策が経営判断と直接結びついている。

Scope3データの活用は、今後の物流最適化や顧客企業からの信頼獲得にも大きく貢献している。

金融機関における投融資先排出量管理

金融機関では、自社の排出量よりも、投融資先が排出する温室効果ガス量(ファイナンスド・エミッション)が圧倒的に大きくなる。

GHGプロトコルおよびPCAF(金融機関向け算定基準)と組み合わせて排出量を可視化することで、投融資ポートフォリオ全体の炭素リスクを把握できる。

多くの国際金融機関は、投融資先にGHGプロトコルに基づく排出データの開示を求め、排出量が高い企業には削減計画の提出を求めるようになっている

これにより、金融機関は脱炭素の進む企業への投資比率を高め、長期的な財務リスクの低減を実現している。

サステナブルファイナンス拡大の中で、GHGプロトコル対応はもはや金融機関の評価基準そのものとなっている。

まとめ|温室効果ガスプロトコルは企業経営の必須基準

温室効果ガスプロトコルは、単なる環境データの算定基準にとどまらず、企業の経営判断・事業戦略・投資判断の基盤となる国際標準として確立している。

Scope1・2・3の整理は、排出量の全体像を把握し、どこに削減ポテンシャルがあるかを明確にする。

国内外の企業事例で見られるように、算定結果はサプライチェーン管理、投資断、製品戦略、物流効率化など、幅広い領域で意思決定に活用されている。

脱炭素経営がグローバルで求められる中、GHGプロトコルの理解と実務対応は、企業の競争力を左右する重要な指標になっている。

今後はデータ精度の向上、サプライヤーとの協働、国際制度への適応など、継続的なアップデートが求められ、GHGプロトコルは企業経営に不可欠な基準としてさらに重要性を増していくだろう。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次